●底冷えの京都から 人は冬の寒さにかじかみながら、弥生3月を待ち望み、春の息吹を思って束の間、心を温める。「去年今年つらぬく棒のごときもの」(高浜虚子)という句の如く、穏やかな日の連なりであれば自然の糸なもの中で咲く花に彩られて今日は明日 …

●底冷えの京都から 人は冬の寒さにかじかみながら、弥生3月を待ち望み、春の息吹を思って束の間、心を温める。「去年今年つらぬく棒のごときもの」(高浜虚子)という句の如く、穏やかな日の連なりであれば自然の糸なもの中で咲く花に彩られて今日は明日 …
●完熟トマト登場 今、一世を風靡(ふうび)した観のある、形や大きさがそろい、糖度や酸味のバランスのとれた完熟トマトの桃太郎が登場したのは昭和58(1983)年のこと。 そうなると天邪鬼(あまのじゃく)なのか、形はいびつで大小も不ぞろい、 …
●消夏の野菜 京の酷暑は既に清少納言が「冬はいみじう寒き、夏は世に知らず暑き」と書きとどめています。湿度の高さは脂汗をしぼりとるような『脂照り』を生みます。 日中の熱暑が残る夕まぐれ「夕涼みよくぞ男に生まれけり」と呟(つぶや)いて、思い …
●遠い辛さ 緑が濃く、肉厚で、甘みもあって文句のつけようのない現在の唐辛子なのですが、何かもの足りなさを感じていました。 昼の熱暑がおさまり、夕餉(ゆうげ)の膳(ぜん)を囲んだ時、素焼きにされた唐辛子に箸を伸ばす時、子ども心に怖いもの見 …
●つかの間の清涼 姿も形も、色も味わいも多彩な果物が季節を問わずあふれて、百花繚乱(りょうらん)の観があります。けれど、そんなに遠くはない時代、果物の持つ甘さは渇望の対象でもありました。 夏の果物の定番といえば西瓜(すいか)や真桑瓜(ま …
●病を封ずる 楓(かえで)の葉の緑が重なり合う木下闇(このしたやみ)の中、蝉(せみ)時雨がしきりの東山山麓(さんろく)の鹿ケ谷の地。法然を開祖とする浄土宗の住蓮山安楽寺で毎年7月25日、南瓜(かぼちゃ)供養が行われています。 江戸時代、 …
●自然に還す 生老病死は人の逃れ難い宿命ですが、今生を必死に生きるために、人は身近な野菜に祈りを託しました。 土用丑(うし)の日に執行される胡瓜(きゅうり)封じもその一つです。 平安の昔、弘法大師が大日如来の心境に入って修行した祈祷( …