激変する世界に向けて1200年生き延びてきたKYOTOから生き延びる智慧とヒントを発信

おおどかな風姿

おおどかな風姿

かつて京都と奈良の境に位置する狛(こま)の地は越(しろ)瓜の特産地で、7世紀後半の古代歌謡『催馬楽(さいばら)』に「山城の 狛のわたりの瓜つくり、な、なよや、さいしなや」とあります。平安期の年中行事などを記した『延喜式』は、「供奉(ぐぶ)雑菜」瓜を栽培して毎年漬け込んでいたことを記録しています。

壬生は黄色の花畑

壬生は黄色の花畑

 壬生一帯は伝統野菜の壬生菜の特産地でした。菜の花も壬生菜も、そして水菜も同じアブラナ科ですから黄色い十字形の花が咲きます。長塚や谷崎は菜の花としていますが、その中には壬生菜もあったでしょう。

~近頃の若いものは~ 祇園つじや

~近頃の若いものは~ 
祇園つじや

 祇園つじやの料理長と言うか、西洋風に言えば、オーナーシェフ辻宏樹さん32歳、彼の奥さんで女将が25歳。二人の年齢を合計すると、ようやく「近頃の若い者は」と言いたくなる年齢になる。実に若い。

 では、その若さがどう影響しているのか、それが一番大きな興味だった。と言うのも、彼らが果敢に取り組んでいる「和食」なるもの、しかも京都祇園という場において、若さは必ずしも有利な条件ではない。有利どころか、長年の修業と経験が滲み出ると言うような仕事である。専門職として料理の腕だけでやっていけるものでもない。食事の卓越した技術は当然のことで、美味しくて当たり前である。しかし、それだけでは京都の「割烹」はやっていけないところに難しいところがある。

色と香が味わいの菊菜

色と香が味わいの菊菜

 緑濃く、独特の香りを持ち、ホロ苦い味のする菊菜は寒い冬の鍋の食材としては適役です。葉の形は菊の葉をさらに深裂させてキク科の植物であることは疑いもありませんが、まだその花を見たことがありませんでした。花を待つことなく春の若葉、つまり植物の生命を食べてしまうので、春菊とも言われるのですから当然なのですが。緑が印象的な、春まだ浅い七草へ思いがつながります。

伏見の地の変容とともに

伏見の地の変容とともに

 ずんぐりとして、白さよりはかすかに土色を帯び、横に皺(しわ)をきざんだような肌を持ったその大根は、愛想がないというか、武骨さを漂わせてその肉質のしまりをうかがわせました。桃山大根です。

 そんな姿に男性的な山容を持つ滋賀は伊吹山の麓(ふもと)で育っていた伊吹大根から作出されたということが想起されました。一茶の「野大根引きすてられもせざりけり」の野大根の野性味あふれる姿とダブりました。

ほほえましい姿と名前

ほほえましい姿と名前

 引き抜かれた小ぶりな大根の姿を見た時、思わず笑みがこぼれてしまいました。
 青首大根のように先端に向かって細長くなっているのではなく、先端がぷっくりと膨れ気味でとても愛嬌(あいきょう)を漂わせていたからです。
 その白首丸尻大根という品種名を聞いた時も、何というほほえましい名前なのだろうと、気持ちが穏やかになってゆきました。

寒さで募る葱の旨味

寒さで募る葱の旨味

擬宝珠(ぎぼし)は葱(ねぎ)の花である葱坊主の形からきたものといわれています。葱はユリ科ネギ属の多年草です。同じ属の大蒜(にんにく)、茖葱(らっきょう)などとともに独特のにおいがあり、仏教では修行のさまたげになるとして忌避されました。けれど平安王朝では葱の白い部分をかみ砕いて四方に息を吹きかけ、その香気で邪気をはらったそうです。また葱の花は長い期間散らずに咲き続けるのでめでたいともされました。