激変する世界に向けて1200年生き延びてきたKYOTOから生き延びる智慧とヒントを発信

泥中に育つ慈姑

泥中に育つ慈姑

新たまの年を寿(ことほ)ぐおせち料理は、幸多かれと願う心の表われとして子孫繁栄、五穀豊穣(ほうじょう)、健康長寿への祈りを託して語呂や色彩をととのえて生み出されました。 味も姿も地味ですが慈姑(くわい)は重箱の一隅に欠かせません。

柚子で華やぐ里

柚子で華やぐ里

京都駅からJR嵯峨野線に乗ってわずか16 分で保津峡駅に着きます。眼下は白い飛沫(しぶき)をあげる保津川の渓谷美です。行乞(ぎょうこつ)・放浪の俳人、種田山頭火の「なんといふ空がなごやかな柚子(ゆず)の二つ三つ」「柚子の香のほのぼの遠い山なみ」という、山頭火にしては屈折のない明るい句に誘われて、『柚子の里』と呼ばれる水尾の地を訪れたくなり汽車に乗ったのです。

師走の忙中閑・大根焚

師走の忙中閑・大根焚

「源氏物語千年紀」でにぎわう京都の気忙(きぜわ)しい師走。足元からじわじわと這(は)い上がってくる京都独特の底冷えは厳しく、つらいものがあります。千年の昔、清少納言が「冬はいみじう寒き、夏は世に知らず暑き」(『枕草子』)と記した気候は今も変わってはいません。そんな師走、西陣の大報恩寺と洛西鳴滝の了徳寺、三宝寺では年中行事の大根焚(だいこだき)が執り行われます。湯気の立つ熱々の大根をほおばって今年一年の罪とけがれを清めます。言わば忙中閑あり、今年一年、何とか無事息災に過ごすことができたという安堵(あんど)の表情が湯気の向こうに垣間見えます。

柿への郷愁も今は昔

柿への郷愁も今は昔

秋の抜けるような青空を背景にした柿は美しく、一幅の絵になっています。それは日本の里の風景を象徴して郷愁を誘います。

日本には全国各地に名産の柿が栽培されており、その数は900種を超すといわれています。芭蕉の「里古(ふ)りて柿の木持たぬ家もなし」の句は、すだれのように干し柿を吊(つ)るしているかつての穏やかな里の日々をしのばせます。

飽食の現代では柿に代わる食べ物がありすぎて、久保千鶴子の「捥(も)ぎ手なき柿燦爛(さんらん)と村滅ぶ」という句の世界が現実なのかもしれません。

仏和フュージョン旬美味 西洋膳所『おくむら一乗寺本店』

仏和フュージョン旬美味 西洋膳所『おくむら一乗寺本店』

一乗寺の住宅街に立つ「おくむら」は、そのたたずまいからしてフランス料理のレストランであり、室内も明らかにフレンチのお店である。もっとはっきりしているのがお店の名前である。「西洋膳所(せいようぜんところ)おくむら」とある。明治時代に日本食とは違いますよ、と西洋料理を提供するお店がそう言っているようにも思うが、オーナーシェフの思いは違うところにあるのかもしれない、そんなことをいろいろ思いながらお店に入る。

新連載!菊池昌治さんによる「京野菜」エッセイ

新連載!菊池昌治さんによる「京野菜」エッセイ

京野菜、それは歴史をはじめ様々な情報を秘めた媒体でもあります。

そんな京野菜の魅力を菊池昌治さんが、栽培の現場を丹念に歩き、野菜に対する造詣と文学に対する深い思い入れで書かれたもの、そうです、京野菜への愛情一杯で書かれた玉稿を掲載させていただけることになりました。おおよそ60回の連載が可能です。どうぞ存分に京野菜を楽しんでください。

芯の通った嬉しい味わい『Ping Pang Café』

芯の通った嬉しい味わい『Ping Pang Café』

紅葉の始まった賀茂川の両岸を眺めながら味について考えた。舌の表面に無数の小さな「乳頭(にゅうとう)」という突起があり、そのぶつぶつの中に味細胞が集まってできた「味蕾(みらい)」と言う器官がある。味の蕾とは良く言ったもので、それだけで味が花開くのではなく、この蕾が味覚神経を介して大脳に伝えられて、味を感じる。美味しいものを食べると、まさに花開く感じではある。