激変する世界に向けて1200年生き延びてきたKYOTOから生き延びる智慧とヒントを発信

震災の記憶:001 ~阪神淡路大震災取材日記~

震災の記憶:001 
~阪神淡路大震災取材日記~

 1995(平成7年)1月17日 午前5時46分。阪神淡路大震災が起こる。

 当時、大阪市内に住んでいた。震災の起こる数分前、カラスの鳴き声と飛び立つ羽音で目を覚ました。直感で感じたのは野生の生き物が「逃げていく」感じ。これまでこんなことでは起きなかったし、起きてもまた眠りにつくものだが。
だが、この時は違った。何かに不安を駆り立てられ、悪い予感がする。カーテンを開けて、外の様子を見るが何も変化なし。時計を見ても、仕事に起きるには早すぎるし、かといって目と神経は冴えてきてとても眠れそうにない。 「どうしようか?」そんなことを考えているうちに、これまで感じたことのない重低音の地鳴りと共に大地の底から揺さぶられ始めた。

002:京都は災害の無い町ではない

002:京都は災害の無い町ではない

 今回の未曾有の災害で、京都の人の挨拶は、
「京都は本当に災害がなくて良かったですね」
「さすが王城の地ですから」
「京都に住んで正解でした」などと。

 しかし、京都1200年の歴史を繙(ひもと)けば、これらの言葉が全部ぶっ飛んでしまう。

 今回は緊急の原発にまつわる以下の話二つで愕然としていただき、その後次回で、1200年の災害の歴史で京都を考え直していただこう。

特別企画:京都が危ない 001:天災は忘れずにやってくる

特別企画:京都が危ない
001:天災は忘れずにやってくる

 京都は災害の無い町だという誤解が怖い。

 この写真は2011年2月25日の京都市のある場所である。

 このコンテンツの制作者は、地震学者でも地質学者でもあるいは災害の専門家でもない。その意味では、単なる京都市民に過ぎない。だからこの写真が何を意味するか解説はできないし、真実と違うかもしれない。しかし、専門家でないだけによけい不安を感じる。なにしろ、この道の側に活断層が走っているのだから。