激変する世界に向けて1200年生き延びてきたKYOTOから生き延びる智慧とヒントを発信

 大変に困難な時代とは言え、厳しい冬も過ぎて、春がやってきたように、一日も早い春の訪れを祈ります。そんな祈りを込めて、京ネタ川柳10回記念「春特集」。笑いで少しでも気分を和らげていただけるなら幸いです。

 尚、東日本大震災関連の情報とコメントは、『京都が危ない』『京猫菫日記』『京都症候群』に。

 またブログ『伊吹龍彦が吠える』にも深い情報があります。

江戸の花 ソメイヨシノは クローン花

日本の春、桜と言えばソメイヨシノだが、この桜日本古来のものでなくて、クローン。すなわちエドヒガンザクラ系品種(母種)とオオシマザクラ(父種)の交配によって生まれたもので、人工的に作られた一代限りの花。遺伝子が一緒のために、一斉に咲くこともあって、日本全国に広まった。しかし、日本に自生する主な桜はヤマザクラ、ヒガンザクラ、オオシマザクラの三種で、世界の桜守り佐野藤右衛門さんに言わせれば「みな同じ花ばっかりで個性がなく、おもしろない。それに人間がつくった桜やから、最後まで人間が世話してやらんと育たない」と(『桜よ』佐野藤右衛門)。

2011年4月1日 嵐山中之島一本のみ満開

原谷の しだれ桜は 苦労花

同じクローン花でもこちらは苦労花。第二次世界大戦後、満州から引き揚げた方々が開拓団として入植。しかし、ゴミ捨て場同様の荒れ地で、果樹園、農園、牛の放牧を試みるが、どれも成果が上がらず、逃げ出す家族もあり、村岩農園が譲り受けて農地開拓を続行。しかし、痩せた荒れ地でゴミ捨て場だったこともあり、農作物が全く育たず、樹木を多数植えこむがうまく育たなかった。そんな中桜だけが順調に育ち、その後の御苦労もあって、今日、見事な桜の園になった。詳細は原谷苑公式ホームページ

夜桜を 晶子に真似て 清水へ

与謝野晶子の歌に「清水へ祇園をよぎる桜月夜 こよひ逢う人みなうつくしき」がある。

地理的におかしいとか、字余りの「桜月夜」が「花月夜」に変えられたとか、いろいろ話題の多い歌ではあるが、歌ったのは旧姓の鳳(ほう)晶子。晶子はこのころ、将来の夫となる人与謝野鉄幹に恋をしていたそうだ。二人で歩いていたのか、清水に待つ恋人に会いにゆくのか、夜とはいえ、全てはきっと桜色。

なからぎと 読めない場所は 花名所

半の木とかいて「なからぎ」とは、京都府立植物園内にある半木神社(なからぎじんじゃ)から来ているが、この神社は「流木(ながれぎ)神社」とも呼ばれていて、賀茂川の上流にあった流木神社の祭神の内の一座が賀茂川の増水で流失して、この地に漂着したために社殿を造って祀ったとも伝えられている。

半木の道は京都府立植物園西側の鴨川東側堤防の散歩道を言い、おおよそ800メートル。八重紅枝垂れ桜(ヤエベニシダレザクラ)のトンネルとなる。濃い紅色は妖艶。

嵐電に 無賃乗車の 桜花

嵐電とは京福電気鉄道株式会社のちんちん電車で、四条大宮を出て、帷子(かたびら)の辻で嵐山行きと北野白梅町、そう北野天満宮の2路線に別れる。その北野白梅町に行く北野線の鳴滝駅から宇多野駅間の200メートルが桜トンネル。春の満開時期にはライトアップされ、夜桜の運行時には車内の明かりを消し、ゆっくり走行して桜を堪能させてくれる。桜吹雪の中を走るのも一興。もちろんはなびらもご一緒に。

可愛さを 名前がけがす 犬ふぐり

春を告げる花。澄んだ青が何とも言えず可愛いのだが、名前は犬ふぐり。正式にはオオイヌフグリと言う。イヌフグリという名前は実が犬の睾丸に似ていることからつけられたそうだが、日本の植物学者の品の悪さ。ヨーロッパ原産の帰化植物だが、ヨーロッパでは、「聖女ヴェロニカの草」と呼ばれて、画家や写真家の守護聖人としてあがめられてきた。何でもゴルゴダへの道を歩くイエス・キリストが、十字架の重みに耐えかねて道に倒れ込んだ時、茨の冠から滴り落ちる血と汗を拭うために真っ白いハンカチをキリストの顔に当てたと言う。このハンカチを差し出した老婦人は『聖女ヴェロニカ』と呼ばれ、キリストの足元に咲いていた小さな青い花にも血が一滴落ちたと言う。その花にも白いハンカチにもキリストの面影が記されたそうだ。イヌフグリと大きな違いに愕然。

2011年4月1日 オオイヌフグリ=ヴェロニカ 落柿舎前

鼻低い お多福桜が ミス御室

誰がもてるかと言えば、鼻の低いおたふくさん。歌にもある。「わたしゃお多福 御室の桜 鼻(花)が低くても 人が好く」と歌われたように、御室仁和寺の桜は、樹高は3m前後と丈が低いのが特質で、低い位置で花を見る事が出来る。そこから花が低いと鼻が低いところをかけて、別名お多福桜。

現在の御室桜は1696年の伽藍再建の折りに植えられたもので、約200株ある。御室桜は遅咲きの里桜で、大正13年天然記念物法により、名勝に指定された。

山道で 芭蕉を偲ぶ すみれ草

『山路来て 何やらゆかし すみれ草 (やまじきて なにやらゆかし すみれぐさ)』 とは松尾芭蕉が『野ざらし紀行』の中で詠んだ俳句で、『野ざらし紀行』のなかで最も人々に愛された俳句の一つ。そしてこの句は『野ざらし紀行』の道中、京都から大津へ向かう逢坂関がある逢坂山越えの道で詠まれた。そのすみれはタチツボスミレと言う日本ではどこでも見られるすみれである。日本原産の花。

タチツボスミレ (フリー画像)

春がすみ 情緒も汚す 黄砂かな

黄砂がやって来る。来てほしくない春の使者とも言えるが、本来は中国を主とした砂漠や乾燥地帯の砂塵が偏西風に乗ってやってくるもので、もともとの黄土は自然のもので問題はない。しかし、工業地帯や都市の上空を移動中に有害物質を吸着して、厄介なものになってきた。

更に堆積物の分析結果から、最も古い時代では白亜紀後期にあたる約7000万年前から、黄砂が発生していたそうだから、有害物質を発生させないように人間が変わるしかないのだが・・・・

苦味こそ 古人の智慧の 春の味

熊が冬眠するのは食料がないからと言う説があるが、それはとにかく、冬眠から覚めたツキノワグマが最初に口にするのは、フキノトウ。

というのも、フキノトウで熊は冬眠中に、また人間は冬場動きが少なくて溜まった毒素を排泄するデドックス効果と、熊は眠っていた体を、人間は鈍っていた体を活性化をするためである。それをしないと、冬にためこんだ毒素が発散できず、肌のトラブルやアレルギー、さらには心の病などになる。科学的にも、フキノトウには、抗酸化力の強いポリフェノールが大量に含まれ、フキノンやフキノール酸の抗アレルギー作用が証明されていると言う。

明治時代の軍医・医師・薬剤師で、玄米・食養の元祖石塚左玄は、「春苦味、夏は酢の物、秋辛味、冬は油と合点して食え」と言った。

フキノトウ、コゴミ、ノビル、タラの芽、土筆、せり、ノビル、山ウド、ワサビ菜、伝統の味、京の春の味を召し上がれ。

2011年4月1日 嵐山の桜

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[文: miya]

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