激変する世界に向けて1200年生き延びてきたKYOTOから生き延びる智慧とヒントを発信

以下、京都についての川柳もどきものを幾つか。

笑えれば相当に京都通。
蛇足ながら何故おかしいか解説をします。
京都特有のことを取り上げることが多いからです。

では、笑って笑って。

平清盛の子徳子は、壇ノ浦の戦いで、自分の子供安徳天皇と共に入水。生き残った徳子は京へ送還されて出家、建礼門院と号して、大原寂光院で安徳天皇と一門の菩提を弔ったと言う。その建礼門院をお慰めしようと村人が持ち寄った漬物をお気に入り、柴の葉の入った漬物ということで、「柴葉漬け」と名付けたという伝承がある。しば漬けは「柴葉漬け」と言うのが本当らしいが、本来は、茄子を刻んだ赤紫蘇の葉で塩漬けにしたもの。京都三大漬物と言われるだけあって、山口美江ならずとも「しば漬け食べたい」と思う。

「いけず石」とは、家の敷地の角に、特に曲がり角のようなところに置いてある石。たいていは細い路地の角で、狭い路地を走る車が自分の家に当たらないように置いたもので、誰が名付けたか「いけず石」。「いけず」は京都・大阪で使われる「意地の悪いさま。にくたらしいさま」だが、本来「行かず」の変化したものらしい。何が「行かず」かはご自分で調べて。いけずではないが、あまり良い語源ではないので。いずれにしても、車は「行かず」の車除け。同じような石を置いても、沖縄の「石敢当」(いしがんとう)は魔除け。

京都の世界遺産は17。比叡山延暦寺も世界遺産に登録。しかも「古都京都の文化財」としてである。しかし、延暦寺の住所は滋賀県大津市坂本。それだけのことだが。

竜安寺の「知足の蹲(つくばい)」には、中央に四角の穴があり、これが周りの4つの漢字の「へん」や「つくり」や「口」と共有されて、「吾唯知足」と読める。「われ、ただたるをしる」と読み、「不満に思わず満足する心を持ちなさい」と言う戒めとか。徳川光圀の寄進と伝承されているが、光圀の地位だから言えたのだ、とは貧乏人のひがみか。

12月の全国高等学校駅伝競走大会、1月には都道府県対抗女子駅伝が行われる。1月17日に行われた第29回都道府県対抗女子駅伝では、京都が14回目の優勝に輝いた。いずれの恒例の大会も底冷えの季節で、今年の都道府県対抗女子駅伝などは雪さえ降っていた。スタート地点の西京極陸上競技場と折り返しの国立京都国際会館前では、高低差も温度差もあって、厳しいコースではある。正確な年は忘れたが、5度も違うこともあったという。

2012年には「京都シティマラソン」が開催されるそうで、古都の冬に熱く燃えていただこう。

寒さ続きでもうひとつ。京都の冬の寒さを表現する「底冷え」。しかし、冷え切っているのは京都の自然だけでなく、京都市財政も。平成25年度には国に財政再建に向けた計画を提出することが求められる「財政健全化団体」になり、その翌年には、会社の倒産にあたる「財政再生団体」に陥る恐れがあるということ。京都市にとっての春はいつ来るの?

寒さにもうひとつ。清少納言の『徒然草』にも「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。暑き比(ころ)わろき住居は、堪え難き事なり」とあるように、冬の寒さ対策に乏しいのは、京の家のというか、日本の家の特徴か。町家はその典型かもしれない。通り庭、坪庭など風の通り道を考えて作られているし、通り庭などは天井が高く、時に天窓から雪など舞い込む。以前はガス自殺があったが、最近は練炭自殺。天然ガスの場合はCOを含まないため、ガス中毒による自殺は出来なくなったとか。

「深草少将」は、室町時代に世阿弥ら能作者が創作した、小野小町にまつわる「百夜通い」の伝説に登場する人物だが、僧正遍昭とか大納言義平の子義宣と言われる。いずれにしても、ストーカーとは失礼で、川柳まがいのものとしてもお許しを。これは深草少将が小野小町に熱心に求愛したことに始まる。小町は彼の愛を鬱陶しく思っていたため、自分のことをあきらめさせようと、「私のもとに百夜通ったなら、あなたの意のままになろう」と彼に告げる。それを真に受けた少将はそれから小町の邸宅に毎晩通った。最後の99日目の夜、思いを遂げられないまま息絶えた。雪の降る日で、雪に埋まり凍死したとも言われている。

熱き思いで凍死とは、嗚呼無念!

『ウオール・ストリート・ジャーナル』と言えば、ニューヨークで発行されるアメリカでの発行部数第一の日刊新聞で、国際的な影響力を持つ。2010年秋、そのウオール・ストリート・ジャーナルが、「『関西』が世界一の美食の都になった」と言う記事を載せるように、京都の味は世界が認めるところである。その基本は昆布で取る薄口の出汁だろうが、その旨みは塩味に慣れた人にはわからない。信長が薄味料理を出した三好家の料理人坪内石斎を殺せと言い、次の朝にやり直して塩や醤や甘味料をたっぷり加え、芋なども色が変わるほどに煮しめた料理を喜んだと言う話は、司馬遼太郎の「国取り物語」でもご覧あれ。

日本史の年号の暗記では、平安京は「鳴くよ鶯平安京」と覚えたが、794年のことだ。現在2011年だから、なんと1217年。「荒廃せずに存続した都市」とか、「繁栄を続けた都市」と言えば世界でも稀な都市。しかし、応仁の乱や大火などで荒廃はしても生き延びてきた京都。言い古されているが、1200年の歴史と伝統から新しい都市を生み出さねば。

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[文: miya]

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