激変する世界に向けて1200年生き延びてきたKYOTOから生き延びる智慧とヒントを発信

以下、京都についての川柳もどきものを幾つか。

笑えれば相当に京都通。
蛇足ながら何故おかしいか解説をします。
京都特有のことを取り上げることが多いからです。

では、笑って笑って。

1891年明治24年に京都・蹴上に日本初の水力発電所が完成したが、これは営業用のもので、日本で初の水力発電はそれより数年前に始まっていた。とは言え、これによって京都の町に電燈がともされ、日本初の電気鉄道が塩小路から伏見まで開業した。また鴨川周辺の工場にも電力が供給され、産業の近代化を推進した。

この素晴らしい京都の先進性を現代に発揮するとすれば、真のフリーエネルギーとでも言うべきものか。それを京都が発明して、水力発電から始まるエネルギー史の新たな段階を始めればいいのだが。

電気に感電して電気続きでもうひとつ。水力発電の開始と共に、その電力で日本初の電気鉄道が1895年に開通。最盛期は76.8キロ、車両351両あり、1960年代には一日平均56万人の利用があったと言う。残念ながら1978年9月30日限りで、83年の歴史を閉じた。ヨーロッパの都市の幾つかは、中心部に自動車の乗り入れを禁止にしているが、京都も市電を残しておけば、大胆な交通改革ができたものを。1978年と言えば今から30数年前。早々と廃止とは、1200年の歴史の都にしてはせっかちだったのでは。

京都の町家がブームで、京都の町家に住みたい人がいる一方で、京都人は一人去り二人去りと町家住人が減っている。町家は近代的な住居に比べて、住みにくいことは確かだが、そこに住む良さ、おもしろさもあるようだ。町家の住み方のマニュアルまであるそうだから、それはそれで面白いのだが、どなたか、きちんと教えてほしいのが、上下の違い。もちろん「かみ」と「しも」と読む。バケツや雑巾の上と下の区別はもちろん、火鉢などの道具でも区別があり、流しと言われる家の装置にも上と下があったように思うのだが、その区別が町家に住むひとつの合理的な住み方だと思うのだが、誰か教えて。

1200年の歴史を誇る京都だから、少々のことでは驚かないが、俗に前の戦争だと言うと応仁の乱だと言うが、応仁の乱は、室町時代の1467年に発生し、1477年の11年間続いた内乱。正確には543年前。

そんなことわかっているわ、とはおっしゃるでしょうが、随分と昔のこと。その応仁の乱の勃発の前の1465年に創業の店がある。尾張屋である。蕎麦を商うだけに腰が強いのか、創業540数年とは恐れ入りました。

『京都市統計書』などによれば、京都市内にあるお寺の数は1,681、神社で京都府神社庁に登録されているところは186社と言うことで、多数の寺社があり、それぞれが幾つものご利益を掲げる。列挙すれば、家内安全、火難除け、交通安全、交通は海運、航空までに広がり、旅行安全、工事安全、転宅安全、縁結び、恋愛成就、夫婦和合、安産、子宝、子育て、浮気封じ、ラブレター上達、悪縁切り。健康祈願は、ゼンソク封じ、頭痛、腰痛、歯痛、おでき、ガン、足、婦人病、夜泣き封じ、おねしょ治し、ぼけ封じ、延命長寿祈願、美人祈願から美容、エステ、毛髪への願いまである。学徳成就、音楽芸能上達から必勝祈願、スポーツ上達、球技上達、華道上達、書道上達、裁縫上達、果ては競馬に勝つための祈願まで、落し物、迷子探し、人探し、禁酒祈願、立身出世、商売繁盛から借金回収、金運向上のご利益、神様も仏様もご多忙です。

京都は、京都駅から北に向かって、右が左京区で、左が右京区。当然のこととしてこれは何も北に向かってどちらが右か左で付けられているわけではない。平安京は中国の長安をモデルに作られたもで、中国や朝鮮で、国の君主は南に向かって政治を司ると言われた。これが「天子は南面す」ということ。だから政治を行う大内裏は南に向かって建てられた。だから天皇が大内裏から南に向かって右が右京、左が左京。それが現在も継承されているということ。

日本のすきやき店の草分けと言えば、言わずと知れた三嶋亭。その名は遠く海外の通人にまで知られているとか。そのすきやきを始めたのは、初代三嶌兼吉さん。この方はさる御公家侍に仕えていましたが、ていさんなる方といい関係になり、京都に居られなくなって、長崎に駆け落ちのように逃がされたそうだ。そこで、牛鍋を習い、明治維新になって京都の戻れるようになって、現在の地で創業されたとか。秘伝の割下は愛の味かも。

アメダスを関西弁かと思った人がいたとかいないとか。アメダスとは、日本語で正式には「地域気象観測システム」と言い、日本国内約1,300か所の気象観測所で構成される、気象庁の無人観測施設である英語でAutomated Meteorological Dataa Acquisition Systemの頭文字からとった略称。

アメダスでは降水量と気温、日照時間と風を観測しています。観測網は全国きめ細かく配置され、密度としてはおよそ20キロ四方に1か所の割合となっている。アメダスで観測されたデータは電話回線等を通じて、10分に1回気象庁に送られるそうだ。

「ばったり床几(しょうぎ)」は、道路に面した家の外壁に付けられた折りたたみ式の作り付けベンチのこと。朝下して商品を並べ、夕刻閉店時には折りたたんで、止めておく。古い商売屋さんや、かつて商売をされていた町家を注意深く見ると、折りたたむと言うか、上げられて止めてある床几が見る。もともとは、「揚げ棚」という、商売用の陳列棚が発展したといわれているが、ばったり床几は家と外との壁を取り払い、陳列するための折りたたみの床几を下ろすしくみで、京都の商いの方法に道具と言えるが、道路と店を繋ぐような場にもなる。(マレス・エマニュエルさんの『京都回顧録』の第2回・縁側の話も面白いですよ)

多くの人がそらんじている出だしの名文「行く川の流れは絶えずして、しかも もとの水にあらず。淀みに浮ぶ うたかたは、かつ消えかつ結びて・・・」言わずと知れた鴨長明の『方丈記』。

53歳の時、山科の日野山に「老いたる蚕のまゆを営むがごとし」方丈の庵を建て、58歳の時に『方丈記』を綴り始めた。「家を出て、世をそむけり」とあるから出家遁世したのだが、自分の思うように出世もできず、失意の人で、挫折者であった。今風に言うと負け組だったとすれば、ひとつの「ひきこもり」なのか。それでも後世に残る『方丈記』をものにしたのだから、同じような激動の時代、『平成の方丈記』など誰か書きませんか。

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[文: miya]

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