激変する世界に向けて1200年生き延びてきたKYOTOから生き延びる智慧とヒントを発信

 

 2011年3月11日東北地方太平洋沖地震が起こった。そんな時期に美味しいものをのんきに食べているのは不謹慎などと言われるかもしれないが、取材は3月4日。

 そして漫才師ロザンの宇治原君が15日の放送でこのようなことを言っていた。
「哀悼の気持ちは当然としても、被災者でない人々は、従来の仕事を懸命にすることで、低迷し大打撃を受けた経済活動を関西から盛んにしなければならない」と。その一理ある発言をした彼は33歳。

 「近頃の若い者は・・・」と言う言葉は、年配の人が若者たちの所業を、自分達の若い頃と比べて嘆く言葉だが、その言い草は今に始まったことではない。古代ギリシャの哲学者プラトンが書き残しているとか、いや、もっと古く紀元前1680年に誕生したヒッタイト王国の粘土板で作られた書簡に書かれていたとか、いろいろ言われているが、今回は、まるで逆で、33歳の宇治原君の発言から始めて、「近頃の若い者は」の後に「素晴らしい」と続けたい、そう思った。
 
 東北地方太平洋沖地震と若者関連で、もうひとつ。日本でも最も誠実で、先進性のある出版社のひとつとして信頼している明窓出版増本利博社長のブログである。先にご一読を。3月13日の社長ブログ、『「近頃の若いもんは」って言ってる場合か!』

 増本社長ではないが、「近頃の若いもんは」と言ってる場合ではない、と思う、そんな素敵な若者夫妻に出会った。
 
 祇園つじやの料理長と言うか、西洋風に言えば、オーナーシェフ辻宏樹さん32歳、彼の奥さんで女将が25歳。二人の年齢を合計すると、ようやく「近頃の若い者は」と言いたくなる年齢になる。実に若い。

 では、その若さがどう影響しているのか、それが一番大きな興味だった。と言うのも、彼らが果敢に取り組んでいる「和食」なるもの、しかも京都祇園という場において、若さは必ずしも有利な条件ではない。有利どころか、長年の修業と経験が滲み出ると言うような仕事である。専門職として料理の腕だけでやっていけるものでもない。食事の卓越した技術は当然のことで、美味しくて当たり前である。しかし、それだけでは京都の「割烹」はやっていけないところに難しいところがある。料理の美味しさが当然としても、その上に、器に始まり、内装に凝り、季節の花を活け、床の間のある場所ではさりげなく季節にあう軸をかけ、客との絶妙な会話をこなしと、まるで指揮台の指揮者のように、隅々までぬかりなく気を配らねばならない。それは、客には美味な時間と空間を提供してくれるまさにたまらない楽しみになるが、その種の楽しみを演奏するには、若さは必ずしも有利ではない。こうした割烹でなかなか若い客に会えないから、客の多くの年齢層がお二人より年上と言うやりにくさもあるかもしれない。
 
 年齢層で先に言っておこう。お二人は、同世代のお客様を待っているに違いないと思う。それは格調が高く、しかも決して安くないと思われている祇園の割烹にしては、値段設定が実にリーズナブルであるからだ。ちょっと節約して、そうした総合芸術とも言える「京都」を味わって欲しい、そう願っているとみた。
 
 若者の心遣いにのっけから参った。と言うのも、東大路通りから新橋通りを西に入ればすぐの、実にわかりやすい場所なのだが、お連れした客人と話しに夢中になって、タクシー運転手が間違って二本北の通りに降ろしてしまったことに気付いてなかった。お金を払いながらも話しに夢中になっていたために、店に辿り着くまでに結構な時間がかかった。ようやく花見小路から新橋通りに入ると、和服の女性が遠くに見えた。この店を教えてくれたスタッフに少々遅れることを伝えた電話を聞いたのだろう、まだまだ寒い日だったが、じっと外で待っていてくれたようだ。温かい女将の気持ちに感謝して暖簾をくぐると、朱色のカウンターが待っていてくれた。掘りごたつ式のお座敷カウンターで、九席。
 
 迎えてくれたご主人に遅れてきたのを謝り、待たせたスタッフに謝り、歩かせた客人に謝りと申し訳ない気持ちのせいなのか、明るい部屋全体がやさしく迎えてくれた感じさえする。 

 食前酒に濁り酒。口に含んだはずの酒が体を蕩けさせて、部屋に馴染む。冷酒を頼むと、可愛いグラスが幾つかお盆にのって寝の前に出される。「この子たちからお好みを、どうぞ」と女将。「この子たち」と言う言い方が気にいる。

 その後の料理であるが、頑張ってメモを取り、スタッフはいつものように写真を撮ってはくれたが、三人で頂戴し、次々に出される料理の色合いに感嘆し、そうそう客人はアメリカ在住の日本人だから、感動が半端でなかったからよけいであるが、女将やご主人の説明に聞き入り、箸を運んで味に唸り、その上、話しが沸騰したせいもあって、おかしな言い方だが、ゆったりとさせていただきながら実に多忙で、メモと写真が面倒な仕事になってしまった。とは言え、仕事、仕事である。ざっとご紹介しよう。

 桃の花が目をひく前菜は、シラウオ、九条葱の赤葱、たらの芽のテンプラを抹茶塩でいただく。つぶ貝にお酢のジュレ、春野菜は芹、パブリカ、蕗、貝合わせはモロコの甘露煮、一寸豆のみつ煮。

 「春は名のみの風の寒さや」と『早春賦』には歌われたが、祇園つじやでは先取りの春は美味。

 そして鯛の造り、海苔。造りは見た目は普通だが、味は普通でない。お醤油がまろやかで、最後に飲んでしまった。それもそのはず、聞けば、追い鰹に追い昆布にと、辻宏樹料理長の手づくり。

 御椀は、焼きしめた鰆(さわら)、筍、厚揚げ、山椒、菜の花、椎茸。一口目で「フムフム」と納得。

 これが「京都」である。全く押し付けない味から始まる。ひと椀で交響曲をたくらんでいるのか、次第にそれぞれの味が主張して、実にうまい。

 そして焼き物は、鱒、うるいな、蕗のとう、菜の花。

 さらに蛤のたまじめ、鯛の雛あられ揚げと好物が続いて満足。

 ご飯が面白い。お連れした客が、「それぞれが好きなんですが」とある種戸惑いながら、「一緒にしないで」と言いたげであったが、一口食べて、「いいですね、いいですね。どれも美味しいですし、全体がひとつのハーモニーを・・・」と言い終わらないで二口目を食べた。それは筍ごはんをお握りにし、そして焼いたものをお茶漬けにしたものである。それぞれが美味しくて全体が美味しい。

 そして普通のお漬物がまたまた普通でない。美味しかった山芋の漬物をはじめ全て辻君が作ったもの。「創ったもの」と言うべきかも。
 
 デザートは、抹茶アイス、紅茶のパンナコッタ、リンゴのコンポート、イチゴと、もちろん素材までは作っていないが、手間をかけて創ったのは辻君。

 途中から敬意を表して「辻君」と言っている。「近頃の若いもんは」出来過ぎていて、せめて先輩面して、「君」呼ばわりして、こちらの立場を維持したいと言う焦りかもしれない。
「屋号のつじやですか、安直ですが、父親も料理屋を営んでまして、長男ですから、せめてその名前だけでも継ごうと思いまして」と。

 解けました、いや美味しさに蕩けました、疑問が。32歳にしては出来過ぎる、そう思っていたが、幼いころから見てきたからだ。「勧学院の雀は蒙求を囀る」と言うではないか。エ、「ちょっと年齢を重ねていることを鼻にかけたくなったのだろう」って。その通り。「かんがくいんのすずめはもうぎゅうをさえずる」と読む。観学院は平安時代に藤原氏が建てた学校で、そこでは、『蒙求』と言う唐の李瀚(りかん)が編纂した、偉業を成した人のエピソードと教訓の本があまりに盛んに読まれていたために、庭の雀たちまでもがそれをさえずる、ということで、「日頃見たり聞いたりすることは自然に身につくものだ」ということのたとえ。そうそう「門前の小僧習わぬ経を読む」でもいいのだが、そこはそれ年相応にひけらかしたかったからだが、そんなことはどうでも良くて、辻君が、若くして「一人前」の秘密はそこにあった。32歳だから32年が修業期間だったのだろう。いや、彼のDNAには料理人の遺伝子が組み込まれていたのかもしれない。

 「近頃の若いものは」と言いたい世代の方は、何か文句をつけようとお出かけください。また「近頃の若いものは」と言われる筋合いはないと言う素敵な若者は、是非に「辻君」の腕に唸って、エールを送ってあげてください。

 春は名のみだが、満足して出た通りの風は爽やかだった。

[文・写真:moon]

祇園つじや
住  所:京都府京都市東山区新橋通り花見小路東入る
電  話:075-551-5557
営業時間:12:00~15:00 18:00~23:00
定休日 :水曜日
予約制

このBlogは『moon』いう集合名詞のスタッフが、勝手に食事にお邪魔し、写真の許可だけを貰ってご馳走を頂戴し、これは掲載すべき美味であると感じたものだけ、食後に料理人などに少々のインタビューを試みて構成しています。各食品の感想を語ることを極力控えるのは、味は舌を媒体として個人個人が感じる以上、言葉では「美味しい」という表現が最高と思われますし、それ以上の表現はなかなか難しく、また自分自身で感じてもらいたいし、また個人個人の趣味もあります。ですから、なるべく写真で紹介して、全体としてのイメージを伝えることを主とします。但し、一切の責任は当ホームページの主催者にあり、賛同、苦情などはコメント又はメールにてお願いします。

~近頃の若いものは~ 
祇園つじや
」に2件のコメント

  1. 増本 より:

    うーん。ここまでやられると、口福を頂くためだけにでも足を運びたくなりますね。
    東京にも、多分同レベルのお店はあるのでしょうけど、寡聞にして、ここまで楽しい意味での風呂敷を広げている人を知らないし、お店も知りません。

  2. 増本 より:

    読むだに(聞くだに……とか思うだに……とかいう言い方はあっても、読むだにってあるかしら)行ってみたくなる表現に脱帽。
    東京にも同レベルのお店はあるに違いないが、寡聞にして、ここまで、楽しい意味での太鼓を叩いている人をついぞ知らない。

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