手触りが良いとか、手に馴染むとかいう言葉はあるが、心触りが良いとか心に馴染むとかいう言い方はしないだろう。
手触りが良いと言えば、美しい海岸で、砂の中で輝くシーグラスを拾い上げた時なんかがそうだろう。シーグラスとは、波に洗われ続けたガラスの破片のことで、波と砂で磨き抜かれたシーグラスの手触りは、ちょっと嬉しく、何かほっとする思いがして、何度も撫ぜ、透かしてお日様を見たりする。心にそんな小さなときめきを作ってくれるシーグラスは、ガラスの宝石と呼びたくなる。宝石のように高価ではないが、十分に輝いて美しい。
シーグラスが手触りが良いとすれば、この店は、心触りが良い店と言うべきかもしれない。心触りとは語感はざらついているが、むしろ滑らかで心にしっとりと馴染む感じがするからだ。しかも煌びやかに飾ったり、おつに済ました高級感もない、実にころあいの店と言える。
心触りの良さはまず女将の笑顔と天然とさえ思わせるような自然な振る舞い。実直そうで一生懸命が嫌味でなく、むしろ微笑ましい料理長。時々入っているバイトさんも二人に染められているように好感が持てる。
先付けから一品入魂の演奏が始まる。神無月、10月は秋の味覚を二種類の先付けに。
神無月の先付けは、写真にあるように、イクラ、ホウレンソウ、キノコ、菊花のおひたしで、料理長の自慢はイクラが自家調整ということ。
二品目の先付けは、蓮根豆腐で、イチョウにあしらった南京、ギンナン、蓮根豆腐のあっさり目の味に梅肉のソースが効いている。
三品目の椀ものは、目の前に運ばれた椀には霧吹きの心遣いで、これだけでも美味しい味が予想できる。中身は裏切らなかったし、予想以上だった。カブとカマスと松茸という極上の一品。松葉にあしらったゆず、人参を紅葉に、そしてメネギをあしらい、秋を液体にすればこんな味だと思ってしまう絶妙の味。
造りは右手手前から、ケンサキイカ、サンマにシビマグロ、タイのこぶしめ、サゴシの焼霜づくり、そしてホッキ貝。右手から食べ出すと、秋の味覚の交響曲で、サゴシとホッキ貝がクライマックスを演じているような感じである。ツマのアオズイキが余韻を味わわせてくれるようで、豪華だが、すっきりと気持ちがいい。
焼き物は、秋ザケの味噌幽庵焼きに赤カブの酢漬けが添えられている。造りのあとの甘味が心地よい。
六番目に登場したおしのぎには、ちょっと驚いた。その鯖の厚みである。味はさすが生鯖で作ってあるだけに、実にしっとりと美味い。連れは鯖寿司は苦手と言いながら、ペロリとお代わりをしそうな勢い。初めてです、との感想。ショウガの甘酢漬けが添えられて、感動を締める。
七品目は料理長の手間暇が込められたカニ入り飛竜頭。カニ、ユリネ、ギンナン、キクラゲ、ハリニンジン、ゴボウを卵白と魚のすり身とナガイモを絞ったものと混ぜ合わせてあげたもので、手間と味が比例している絶品。
料理長が丸十ご飯です、と出してくれたのは、丸十、薩摩藩、薩摩芋と来て、薩摩芋ご飯。お米は三重県の福森農園とかで、コシヒカリでも相当レベルの高いお米だった。それにシマアジのアラジル、そしてカツオの佃煮、大根のビール漬け、キュウリのしば漬けが添えられて満腹、満足。
最後は、カキとブドウのシャーベット、ラフランスのコンポート。
三ッ林学料理長は、柊家さんで修行。モットーは「一魂一味」だそうだが、まさに全ての味に魂が籠っていると言っても大袈裟ではない。しかも驚くべきは、調味料などを除いても、登場した食品の数の多さ。なんと40品目にのぼる。健康ご飯を志向するたまりやさんならではである。
食べ終わると、実直そのものの料理長らしい料理と、女将さんの笑顔とたちふる舞いがひとつのハーモニーを奏でていたような心地良さを感じた。
ストレスや憤懣で割れたガラスのようにギザギザで危ない心なら、この店が癒し所。ちょっと分かりにくいが頑張って探せば、探した甲斐がある。祇園の中心辰巳神社から西に向き、白川沿いでない方の石畳を辿れば、道路の向こうの真正面に路地がある。その路地を入った二階。ゆったりと10人が座れるカウンターと、8人で料理と笑顔と鴨川の絶景が楽しめる椅子式の、人気の小上がり。
しばしの滞在で、女将の笑顔と、料理長の技、そして鮮魚、京野菜、全国の銘酒などの優しさの波が幾重にもあなたを包み、割れたガラスのあなたはシーグラスのようになって帰ることが出来る。
[リポート・写真:moon, 店内と小上がり写真:fuku]
[Data] 2010年10月13日 コース¥6300
たまりや
東山区祇園縄手新橋西側 SPACE しんばし2F 075-541-5670
日曜日祝日を除く18時00分~23時00分(Lo:23時)
このBlogは『moon』いう集合名詞のスタッフが、勝手に食事にお邪魔し、写真の許可だけを貰ってご馳走を頂戴し、これは掲載すべき美味であると感じたものだけ、食後に料理人などに少々のインタビューを試みて構成しています。各食品の感想を語ることを極力控えるのは、味は舌を媒体として個人個人が感じる以上、言葉では「美味しい」という表現が最高と思われますし、それ以上の表現はなかなか難しく、また自分自身で感じてもらいたいし、また個人個人の趣味もあります。ですから、なるべく写真で紹介して、全体としてのイメージを伝えることを主とします。但し、一切の責任は当ホームページの主催者にあり、賛同、苦情などはコメント又はメールにてお願いします。
このお店は知人に教えて貰いましたが、とてもリーズナブル。素材もサービスも雰囲気も、ベリーグー(^_^)☆
隠れた名店だと思います!