●植物の性
か細い蔓(つる)なのに生き生きとして速やかにすがるものをとらえて上へ上へと伸びてゆき、次から次へと蝶(ちょう)の形をした花を咲かせてゆきます。
豌(えんどう)という字はその莢(さや)はかすかな曲線を持っているので、美しく曲がるという意味の「宛」と豆偏を組み合わせた漢字です。
花は春の明るい空を背景にして仰ぎ見ると実に可憐(かれん)で「喜びの訪れ」という花言葉にうなずいてしまいます。
楚々(そそ)とした印象を与える花ですが、花の下には舟弁と呼ばれる花びらがあって、色やにおいに誘われてやって来た蝶がとまると、その重みで下にさがり、舟弁の中から雄蕊(おしべ)が現われて受粉するという、生命を伝えてゆくための虫媒花植物の知恵が隠されています。
豌豆が自家受粉することに着目して遺伝研究の素材としたのがオーストリアの植物学者で修道士だったメンデルでした。教会の中庭で人工交配の実験を8年間続けて、分離・独立・優劣という三つのメンデルの法則を発見したのでした。
●花明り
畑で目についたのはまず白い花(写真上)、ついで赤紫色の花(写真下)でした。白い花にすらりとした薄い絹莢の姿が重なって、てっきり赤紫の花が莢豌豆と思い込んでいたのでしたが、受粉して花がしぼみ、莢をつけると逆でした。新鮮な莢が擦(こす)り合うと絹ずれに似た音が出ることから絹莢という名称、響きにとらわれていたからかもしれません。「逢わざりし豌豆の花明り」という加藤青女の吟は花の風情そのままです。
生の感情をあぶりだす 豌豆はヨーロッパ原産で、我国へは10世紀前後に伝来し、莢豌豆として食べるようになったのは江戸時代に入ってからのことで、初めに若い莢を、次に青い豆を野菜として、最後に完熟豆を穀物として食してきました。
実豌豆はその色の鮮やかさや甘やかなにおいが魅力です。桂信子の「ゑんどうむき人妻の悲哀いまはなし」の吟や、北原白秋の「生き身の吾が身いとしくもぎたての青豌豆の飯たかせけり」は豌豆に触発された感情。
佐藤兼志の「豆飯の豆より飯の艶(つや)あける」は色彩の対比と湯気の甘やかさが際立ってきます。
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[文・写真:菊池昌治]
【菊池昌治の著作】
『京都染織模様 (日本図書館協会選定図書) 』
『京都転転』
『京都 味の風土記 』
『万葉散策』
『京都文学巡礼―作家の眼で見た古都像』
『京都ひと模様』
『京洛往還記』