●独特の色・香・味
時雨が京の底冷えを実感させる初冬、紅葉が落葉となって地に散り敷き、色を失ってゆくのに代わるようにして金時人参が登場してきます(写真上)。その赤い色は短根種で時知らずの西洋人参(にんじん)の明るい橙(だいだい)色ではなく、緋(ひ)色とも紅色とも、あるかなきかのほどの紫色をその内に秘めているような、沈んだ翳(かげ)りのようなものを漂わせる色合いです。それは冬ざれのすがれた京の風景の中の紅一点。
その色を見ると京の人は冬が訪れたことを実感するといいます。色だけではなく西洋人参にはないいわゆる人参臭さの独特の香味を持ち、やわらかく甘みがあって、長根種なので末長くという願いを込めて京のおせち料理には煮しめや紅白なますとして、またかす汁の具として彩りの上からも味わいの上からも欠かせない冬野菜なのです。
「金時」とは幼名を金太郎、武勇で知られた武士の坂田金時の赤ら顔や肌の色にちなんでつけられました。『金時色』は含有するリコピンによって発色します。
●花は白
人参は葉色緑濃く、こまやかに葉岐(わか)れして実にやわらかそうで、そっと触れてみたくなります。その葉は畑を隙(すき)間なく覆いつくすように密生して伸びていますが、それは葉はしなやかで軟弱なので、一葉だけでは立っていられず、お互いを支え合うように密植されているからなのでした。
そして夏、茎が伸びて、その先端に根の赤とは違って白い小さなおびただしい花を咲かせます。セリ科の植物なので芹(せり)そっくりです。40 ほどの小花が寄り集まって小さな傘状をなし、その小傘が80ほども集まって半球形の大傘をつくるのです。そのこまやかさに葉同様つい触れてみたくなります(写真下)。
人参とは最初は薬用の朝鮮人参の呼称でした。『大言海』には「根ニ頭、足手、面目アリテ人ノ如(ごと)キヲ最上トシテ名アリ」とあります。江戸中期ごろに野菜人参が取って代わりました。主要野菜となって浸透したのは、明治になって西洋種が導入されてからのことでした。金時人参は日本の在来品種なのです。
京都の上鳥羽地区が金時人参の特産地でした。
葉のごま和(あ)えも風味あるものですが「人参の白和へ雪の雨合羽(あまがっぱ)」という川柳が人参の色をきわ立たせています。
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[文・写真:菊池昌治]
【菊池昌治の著作】
『京都染織模様 (日本図書館協会選定図書) 』
『京都転転』
『京都 味の風土記 』
『万葉散策』
『京都文学巡礼―作家の眼で見た古都像』
『京都ひと模様』
『京洛往還記』