●花とにおい
三条大橋の上に立って北を見やると鴨川の彼方に濃く淡く、水墨画のような山なみがうち重なっていました。緑青(ろくしょう)をふいた欄干の擬宝珠(ぎぼし)が似合っています。
擬宝珠は葱(ねぎ)の花である葱坊主(写真上)の形からきたものといわれています。葱はユリ科ネギ属の多年草です。同じ属の大蒜(にんにく)、茖葱(らっきょう)などとともに独特のにおいがあり、仏教では修行のさまたげになるとして忌避されました。けれど平安王朝では葱の白い部分をかみ砕いて四方に息を吹きかけ、その香気で邪気をはらったそうです。また葱の花は長い期間散らずに咲き続けるのでめでたいともされました。
そのにおいのもとは含まれているアリシンという成分なのですが、殺菌作用や健胃、発汗、ビタミンB1の働きを活性化させる効能もあるのです。
それに「鴨が葱を背負って来る」と言いますが、鮪(まぐろ)との葱鮪(ねぎま)鍋などからもわかるように葱自体のくさみと肉や魚のくさみが相殺され、うまみを生むのです。
●浅黄種と黒種
葱の風味が増すのは寒さの募る1、2月。農家の人が『あんこ』と呼ぶ透明なゼリー状のものを含んでやわらかく、甘みが増します。
京都では何といっても九条葱です。一般に出回っているのは浅黄種(だね)と呼ばれる細葱の系統ですが、本来の九条葱は黒種と呼ばれる浅黄種よりは倍以上も太く、長さも1mをこえる系統の葱なのです(写真下)。鍋物にすると溶けてしまいそうにやわらかく、甘く、実に味わい深いのですが、その栽培には浅黄種の倍の手間と時間がかかります。
●緑と白の鮮やかさ
その食味だけではなく葉の緑と根の白さが鮮やかな色彩の対比を見せて食欲をそそります。古人もそんな葱の色彩に目を留めています。芭蕉は「葱白く洗ひたてたるさむさ哉」、蕪村の「葱買うて枯木の中を帰りけり」の句。高井几菫の「寒き野を都に入(いる)や葱売(ねぶかうり)」とは農家の人の振り売りの姿。種田山頭火は「つるりとむげて葱の白さよ」の吟。
葱は古代から身近な、欠かせない野菜です。雪国の曲がり葱や群馬の下仁田葱、東京の千住葱、金沢の加賀葱など各地に個性あふれる葱が栽培されてきたのもうなずけることです。
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[文・写真:菊池昌治]
【菊池昌治の著作】
『京都染織模様 (日本図書館協会選定図書) 』
『京都転転』
『京都 味の風土記 』
『万葉散策』
『京都文学巡礼―作家の眼で見た古都像』
『京都ひと模様』
『京洛往還記』