●旬の竹
桜前線の便りとともに春の味覚である朝掘りの筍(たけのこ)が並び始めます。春とは名のみの立春を過ぎた頃には探り掘りが行われ、3月中旬から早掘りが始まります。下旬になると本格的に掘り取りが始まり、4月下旬に最盛期を迎え、収穫は5月下旬まで続きます。
掘り取る時季で筍の風味も変わり、4月の初旬の筍は香りで食べ、5月は味で、末は名残りの筍だといわれます。
北大路魯山人は「なんと言っても樫原の優良種がよい。噛(か)みしめて著しい甘味があり、香気がすこぶる高い。繊維がなくて口の中で溶けてしまう」と賛辞を惜しんでいません。
東山の稜線(りょうせん)より、もっとまどやかな流れを南へとのばす洛西から西山への丘陵地帯の風景を形づくっているのは竹林なのです(写真上)。
その風景のものやわらかな印象は筍を収穫するために、竹薮(たけやぶ)の地面に藁(わら)を敷き詰め、その上に赤土を客土して盛り、肥料を施すなど、丹精が込められているからこそ生まれてくるものでした。
そんな竹林に歩を移すと土はふかふかとしたやわらかな弾力を伝えてきます。木洩(こも)れ陽(び)が射(さ)し、微風に葉ずれの音もやさしく、赤い土に竹の緑が映えています。竹林は河岸段丘状をなしており、長年にわたる人の手がしのばれました。
●春を食べる
つとに知られた京の筍の風味は人の手間ひまをかけた軟化栽培によって生み出されるのです。
鶴嘴(つるはし)のような独特の形をした掘鍬(ほりくわ)を地中に差し込んで掘り起こすのですが(写真下)、素人目には何故(なぜ)地中に育つ筍の場所がわかるのか不思議です。一茶も「笋(たけのこ)のうんぷてんぷの出所哉」と吟じています。地表のひび割れなどが目印なのだそうです。
奈良に近い山城町(現・木津川市)のJR棚倉駅前で広場いっぱいに筍が積まれて市が開かれていました。山城地方もまた筍の特産地なのでした。栽培農家のやわらかさ、白さ、エグみの無さ、香りと味の良さを誇る筍自慢はどこも同じでした。
各務(かがみ・しこう)支考の「笋の露あかつきの山寒し」という句のように朝掘りの筍をほめそやす声しきりです。
[文・写真:菊池昌治]
【菊池昌治の著作】
『京都染織模様 (日本図書館協会選定図書) 』
『京都転転』
『京都 味の風土記 』
『万葉散策』
『京都文学巡礼―作家の眼で見た古都像』
『京都ひと模様』
『京洛往還記』