激変する世界に向けて1200年生き延びてきたKYOTOから生き延びる智慧とヒントを発信

●野菜の王
 野菜の名称にも故事来歴やいわく因縁がつきものです。新聞の用字用語では植物名はカタカナで表記されています。
 
江戸時代の『大和本草』が記す「紅夷菘(おらんだな)」、明治初期の『舶来穀菜要覧』は「甘藍」と表記して「はぼたん」と振り仮名を送っているのはキャベツ(写真上、下)のことです。

 石川啄木の小説『葬列』には「山の端はなれた許(ばか)りの大満月位な、シツポリ露を帯びた雪白の玉菜が、六個七個並んで居た。自分は、霜枯れ果てた此畑中に、ひとり実割れるばかりの豊かな趣を見せて居る此『野菜の王』を少なからず嬉(うれ)しんだ」とあります。明治末の岩手の盛岡での野菜畑の描写です。当時、岩手甘藍と呼ばれた品種が定着して早くも産地を形成していました。

 紅夷菘とは伝来してきた国を表し、甘藍とはその食味の甘さに由来する漢名、はぼたんとは最初は食用よりは観賞用として品種改良されてつけられた名前、玉菜とはその姿形からの連想でつけられた素直で明快な命名です。

 ●洋食との相性
 明治初期に西洋種が導入され、日本各地で広く栽培されてゆきました。その普及を促したのは庶民の三大洋食(コロッケ、トンカツ、カレー)、中でもとんかつのつけ合せとして細く刻んで添えられてからでした。

 春ものは色あいも食感もやわらかで甘く、とんかつは脇役で玉菜こそが主役。

 植物学者の牧野富太郎は「今日でもなお甘藍をキャベツすなわちタマナと思っているのはまことにオメデタイ知識の持主」(『植物一日一題』)と辛口の指摘をしています。

 農林省統計ではその呼称を明治期は甘藍、大正期は甘藍・キャベッジとし、昭和に入るとキャベージ、戦後、キャベツと表記しました。いわば『後期高齢者』の如き官製用語。一般には玉(球)菜と呼び慣していました。

 白菜があり、青菜があり、北国では雪の中で育つ雪菜があります。菠薐草(ほうれんそう)は緑菜と呼びたくなります。玉菜と呟(つぶや)いてみました。直裁で飾り気のない、美しい響きです。

 野球用語を翻訳した正岡子規は『仰臥(ぎょうが)漫録』に見られるように、食にすさまじい執着を見せましたが、残念ながらキャベージと記しています。

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[文・写真:菊池昌治]

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