激変する世界に向けて1200年生き延びてきたKYOTOから生き延びる智慧とヒントを発信

●桃源郷へ
 京都駅からJR嵯峨野線に乗ってわずか16 分で保津峡駅に着きます。眼下は白い飛沫(しぶき)をあげる保津川の渓谷美です。

 行乞(ぎょうこつ)・放浪の俳人、種田山頭火の「なんといふ空がなごやかな柚子(ゆず)の二つ三つ」「柚子の香のほのぼの遠い山なみ」という、山頭火にしては屈折のない明るい句に誘われて、『柚子の里』と呼ばれる水尾の地を訪れたくなり汽車に乗ったのです。

 以前、水尾川に沿った旧道を歩いて水尾の地を訪れた時、その山里の落ちついたたたずまいの風景に、中国の『桃花源記』の故事を彷彿(ほうふつ)としました。道に迷った一人の漁夫が桃の林に入り込むと、その奥では争乱を避けて隠れ住んだ人々が穏やかな生活を営み、桃源郷をつくりあげていたといいます。

●山合いの地ゆえに
 さほど起伏のない山道を辿(たど)って小一時間。山の斜面には柚子の木の緑濃い葉が冬の陽(ひ)を浴び、黄金色の柚子がたわわに実っています(写真上)。

 江戸時代初期の寛文の頃、水尾を訪れた丈愚という僧は「この村橘柚(きつゆう)多くして千顆(か)万顆数を知らず」と記しています。山峡(やまかい)の地である水尾では古くから枇杷(びわ)や梅、柚子などの果樹を栽培してきました。
漂ってくる柚の香に導かれて水尾川を渡り、水尾山の中腹にある清和天皇陵から見下す水尾の里の風景は、せちがらい現実からは遠いものでした。

●花と青柚子
 初夏に訪れた時は柚子の花が芳香を放って、マッチ棒の先ぐらいの柚子が実をつけ始めていました(写真下)。冬の輝く黄金色と違って青緑の生硬な感じのする青柚子は、里の人がやさしく「ゆう」と呼ぶ響きとはうらはらに鋭く激しい香気を放って、夏の料理に摺(す)った皮を散らしてその色と香を楽しみます。冬至の日は柚子湯に入ります。
 
 清和天皇陵からの帰途、青空は隠れ、時雨に遭いました。芥川龍之介の「柚落ちて明るき土や夕時雨」の句の世界でした。時雨の冷たさを忘れさせてくれたのは柚子の皮を七輪でとろ火でひがな一日砂糖煮(だ)きしたものを熱い番茶でいただいた時。「水尾の冬は女の季節なんです」と雨宿り先のひと。

 静かな山里に黄色の華やぎが訪れている水尾の師走。

柚子

柚子_2

[文・写真:菊池昌治]

【菊池昌治の著作】

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