激変する世界に向けて1200年生き延びてきたKYOTOから生き延びる智慧とヒントを発信

 今回の未曾有の災害で、京都の人の挨拶は、
「京都は本当に災害がなくて良かったですね」
「さすが王城の地ですから」
「京都に住んで正解でした」などと。

 しかし、京都1200年の歴史を繙(ひもと)けば、これらの言葉が全部ぶっ飛んでしまう。

 今回は緊急の原発にまつわる以下の話二つで愕然としていただき、その後次回で、1200年の災害の歴史で京都を考え直していただこう。

 まず、14日のTVニュースで、京都が被災地救援物資として、備蓄していた放射線汚染防護用保護具100セットを送ったそうだ。エ、京都で備蓄していたって?京都にも放射能の危険が迫っているのだ。

 次に京都大学原子炉実験所の小出裕章さんの『原子力は危険、プルサーマルはさらに危険』の結びの言葉だ。(全文はリンク先で)

まっとうな生き方
昨年、ある集会に出た時、主催者の女性が「私は子供たちに、嘘をついてはいけないし、間違えた時には謝りなさいと教えてきた」と挨拶しました。私も賛成です。しかし、原子力はこうしたまっとうな生き方に完全に反しています。私自身がそうであった様に、間違った夢を抱いてしまったのであれば、それに気づいた時に誤りを正せばいいだけです。プルサ―マルは何のメリットもないのですが、これまでの誤った原子力(=核)政策で「余剰プルトニウム」を持ってしまい、それをやむなく処分するために追いこまれた道です。それに頬かむりし、嘘に嘘を重ね、誰も責任を取らないまま、ますます窮地に陥っているのが現在の原子力の姿です。

 これは2009年12月22日にアップされた資料だ。
その結びの前に、同リンク先にこんな記述もある。これが全て現実になってしまった。

原子力発電所事故による急性死から逃れる方策を、重要度の高いと私が思うものから以下に書きます。
1.原子力発電所を廃絶する。
2.廃絶させられなければ、情報を公開させる。
3.公開させられなければ、自ら情報を得るルートを作る。
(簡易型放射線測定器で自ら放射線量を測定することも意味がありますが、いつもいつもそのデータを得続けることはまずできないでしょう。それよりは、原子力発電所サイトを監視する、あるいは職員(特に幹部)の家族の動きを視ておくことの方が役に立つでしょう。)
4.事故が起きたことを知ったら、風向きを見て直角方向に逃げる。そして可能なら原子力発電所から離れる。
5.放射能を身体に付着させたり、吸いこんだりしない。
6.全て手遅れの場合には、一緒にいたい人とともに過ごす。

 さて、いよいよ厳しい冬も終わり、そろそろ桜の蕾も膨らんでくるが、その桜の異変は以下の「桜と原発」のホームページで。他は参考のために。

 1200年の災害の歴史は次回に。

『桜と原発』
『南ドイツ新聞 原発周辺のガンの危険性』
『原発周辺の子供は癌・白血病に罹りやすいことが英国で再確認された』

原爆ドーム

【文:miya、写真:原爆ドームのフリー写真】

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