激変する世界に向けて1200年生き延びてきたKYOTOから生き延びる智慧とヒントを発信

 「この世のものとは思えないような風景だった。山は崩れ、川は埋もれ、海が傾いて、陸地が水浸した。大地が裂けて、水が湧きでて、岩が割れて谷に転がっていく。渚を漕いでいた船は波に翻弄されて、道行く車はひっくり返った」と言う。

 これは、2011年3月11日の東日本大震災のリポートではない。
 
 描写は少し現代風に改めたが、その後の余震についても書かれていて、
「いつもなら飛び上るほど大きな地震が20回、30回と来ない日はなかった。10日、20日過ぎてようやく頻度が少なくなったが、それでも日に4、5度、そして2、3度、あるいは一日置きに一度となったが、余震は3月まで半年続いた」とある。
 
 これは京都の大地震で、それをこのように書いていたのは、鴨長明で、もちろん『方丈記』の一節である。

 念のため原文はこうだ。『世の不思議五(元暦の大地震)』からだ。

また、同じころかとよ。おびただしき大地震(おおない)ふること侍りき。そのさま世の常ならず。山崩れて、川を埋(うず)み、海はかたぶきて、陸地(くがち)をひたせり。土さけて、水湧き出で、巖(いはお)割れて、谷にまろび入る。渚こぐ船は、浪にたゞよひ、道行く馬は、足の立處をまどはす。
 
 都の邊(ほとり)には、在々所々、堂舍塔廟、一つとして全からず。或は崩れ、或は倒れぬ。塵・灰立ち上りて、盛んなる煙の如し。地の動き、家の破るゝ音、雷に異ならず。家の中に居れば、忽ちにひしげなんとす。走り出づれば、地割れ裂く。羽なければ、空をも飛ぶべからず。龍ならばや、雲にも登らむ。おそれの中に、おそるべかりけるは、たゞ地震(ない)なりけりとこそ覺え侍りしか

 もちろんフィクションではない。1185年8月13日の文治京都地震で、マグネチュード7.4と推定されている。死者多数で、法勝寺や宇治川の橋など損壊したと伝わっている。
 
 今回の未曾有の災害で、京都の人の挨拶は、
「京都は本当に災害がなくて良かったですね」
「さすが王城の地ですから」
「京都に住んで良かったですね」
しかし、京都1200年の歴史を繙(ひもと)けば、これらの言葉が全部、ぶっ飛んでしまう。たまたまここしばらく大地震に見舞われなかっただけだ。

 2002年の『京都市地域防災計画(震災対策編)』によれば、京都府の地震は、701年より記録があり、それによれば、京都市付近で大きな被害があった地震だけでも、ほぼ100年に1回の割合で発生している。中でも、京都盆地周辺の活断層によると思われる地震は、しばしば大きな被害をもたらしている。しかし、京都市付近では1830年の愛宕山付近の地震(マグニチュード=6.5)がもっとも新しく、以来180年以上大きな被害を及ぼした地震が起きていない。こうしたことからも、統計的には巨大地震がいつ発生してもおかしくなく、年々、危険性が高まっている。

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