激変する世界に向けて1200年生き延びてきたKYOTOから生き延びる智慧とヒントを発信

 日本列島誕生より、巨大地震は数知れなかったのだろうが、記録に現れるようになったのは、『日本書紀』あたりからである。現在危険が警告されている南海トラフの巨大地震は684年11月29日が最初である。マグネチュード8.3と推定され、山崩れ、家屋社寺倒壊、人畜に多数の死傷、被害甚大で、津波が来襲、高知で12キロ平方メートルが沈下して海になってしまい、船多数が沈没したと言う。今回の東日本大震災と似ている。
 
 京都に関わるもので記録にある最も古い地震は、701年5月12日、規模は不明だそうだが、若狭湾の冠島と沓島が山頂のみを残して海中に没したと言うから相当なものに違いない。
それ以後は、

827年8月11日 マグネチュード6.8で家屋社寺倒壊多数。余震が翌年の6月まであった。

868年8月3日 マグネチュード7。山崎断層の活動による。

887年8月26日 マグネチュード8~8.5級の巨大地震とみられている。京都民家の倒壊圧死者多数。南海トラフ内側の地震で津波被害も甚大だった。地質調査によれば、同時期に東南海・東海地震も発生。

938年7月22日 マグネチュード7.0、8月6日に大きな余震。

976年7月22日 山城・近江地震。M 6.7以上、死者50人以上。

1096年12月17日 畿内・東海道の地震マグネチュード8級。近江の勢多橋(瀬田橋)が落ちる。

1099年2月22日 南海道・畿内の地震マグネチュード8級。

1185年8月13日 近江・山城・大和の地震マグネチュード7.4。社寺、家屋倒壊多数。死者多数。この地震が鴨長明『方丈記』に描写。

1317年2月24日 京都の地震マグネチュード6.5~7。白河辺の人家悉く潰れ、社寺被害、清水寺出火。5月半ばまで余震続く。

1360年11月22日 紀伊・摂津の地震。マグネチュード7.5~8。

1361年8月3日 畿内・土佐・阿波の地震。マグネチュード8級。

1449年5月13日 山城・大和地震。マグネチュード6.5、死者多数。

1596年9月5日 慶長伏見地震マグネチュード7.5。三条から伏見の間で被害多発。伏見城天守が大破し、石垣が崩れて500人余りが圧死。

1662年6月16日マグネチュード7.5あるいはそれ以上と。比良岳付近の被害甚大。唐崎で田畑85町湖中に水没。京都でも町家倒壊千。死者数千と。

1830年8月19日京都および隣国の地震。マグネチュード6.5。洛中洛外の土蔵はほとんど被害を受け、御所・二条城などで被害。 西本願寺1尺ほど傾く。愛宕山の坊崩潰。地割れあり。泥噴出、宇治川通りの堤防崩れる。死者多数。

 この地震から180年、大地震に見舞われていないだけで、京都だけが安全なわけでも、地震がないところに都を造営したわけでもないだろう。それより京都の盆地そのものが地震で作られたとも言われている。そして幾つかの活断層の上に京都市があり、中でも京都市内から琵琶湖西部の間を走る「花折断層」は多くの地震学者が一致して日本で最も危険な断層のひとつと言っている。

 京都は災害の無い町だと安心しているととんでもないことになる。「治にいて乱を忘れず」、「物事が順調に進んでいるときでも万一のときのことを考え、それに備えていなければならない」と言う『易経』の言葉だが、それは政治の世界の話だけではない。

 そして京都市の場合、地震のよる火事で、全市が阪神淡路大震災時の長田区になる可能性もある。次回に。

参考文献『京都市地域防災計画(震災対策編)』2002.6.26

【文:miya】

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