激変する世界に向けて1200年生き延びてきたKYOTOから生き延びる智慧とヒントを発信

 
 原発推進に加担するマスコミから幾つか拾ってもこんなに危ないことが分かる。

 1976年12月8日付の朝日新聞によれば、その4年近く前の1973年3月に、美浜原発で燃料棒折損事故が発生していたことが発覚した。

 この事故隠しに懲(こ)りずに、
1981年4月3日付の朝日新聞によれば、敦賀原発で1981年1月10日と24日に冷却水漏れ事故があり、秘密裏に発電を続けながらの修理が行われていることが発覚した。

同じ年の3月8日に放射性廃液の大量流出事故があり、一部が一般排水路から海へ排出されたことが発覚。どちらも数か月間隠していた。

1999年9月14日には高浜原発三号炉に使用予定だったイギリス原子燃料公社製造のMOX燃料ベレットの寸法データが改竄(かいざん)されていることが明らかになった。

 こうした事故やデータ改竄は頻繁に行われ、そのたびに嘘の報道が堂々とまかり通ってきた。

 そんな事故多発の敦賀原発だが、最も危ない事故は2010年8月11日に起こった。起こったのは、世界で日本だけが稼働させている「もんじゅ」。「もんじゅ」は、アメリカは1994年9月計画中止、フランス、イギリス、ドイツ、イタリアなども計画を中止したという高速増殖炉だが、他の諸国で事故多発で計画中止になったように、「もんじゅ」もナトリウム漏れ事故が原因で、14年以上にわたって運転を停止していた。2010年5月に運転を再開し、その直後からトラブルが続出、今度の大事故となった。

 今回の事故とは、核燃料を交換作業に使った「炉内中継装置」を釣り上げようとして落下させてしまったことだ。長さ12メートル、直径55センチ、重さ3.3トンのステンレスの装置が原子炉容器内に突き刺さったままだ。

この事故については、独立行政法人日本原子力研究開発機構敦賀本部が、『高速増殖原型炉もんじゅ炉内中継装置のこれまでの状況及び今後の進め方』と言う資料を発行している。読んでみると、事故を認めているぐらいで、これがどれほど危険で、今後どうなるのかについては触れていない。この資料は、発行日が福島原発事故の前の平成23年1月18日で、危険なことはひた隠しにする体質のままだから、事故があったと言うことを認められる程度だ。以下の資料だから、興味のある人はご一読を。

独立行政法人日本原子力研究開発機講 ウェブサイト内
「高速増殖原型炉もんじゅ・炉内中継装置のこれまでの状況及び今後の進め方」

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