激変する世界に向けて1200年生き延びてきたKYOTOから生き延びる智慧とヒントを発信

人の營み、皆(みな)愚かなるなかに、さしも危き原発をつくるとて、寶(たから)を費し、心を悩ますことは、勝れてあぢきなくぞ侍(はべ)る

 これはご存知のように鴨長明の『方丈記』の「世の不思議一~安元の大火~からである。古文の苦手だった人に少々補足しておくと、「あぢきなし」は、「味気無し」と漢字をあてると「つまらない」に。「理無し」と漢字をあてると「道理に合わない」の意味になる。古文が得意な人は、当然「さしも危うき原発」でなくて、「危うき京中の家」だと分かる。

 終息の気配すら遠のき、もちろん終息なんて永遠に訪れないのが原子力発電所の凄まじいところだが、危うき原発を膨大な宝を費やして作り、事故処理と補償などなどなどなどにまたまた膨大な宝を費やしている人の営みは、まさに「理(あぢき)無し」である。

 『京都が危ない』のコンテンツ、原発の爆発の凄まじさとその被害のとんでもない予想に遠のいていたが、『方丈記』にも『翁草』にもあるように、京都の火事の凄まじさを書こうと思った。

 しかし、鴨長明が現代に生きていれば、きっと冒頭のように書いて嘆いたに違いない。そして人の営み皆愚かなるなかに、さしも・・・と考えた場合、一体、何が真に恐ろしいかを考えたに違いない。

 どれも大変な災害である。どれにも軽重はなく、万が一、人が亡くなれば、その災害が最悪に違いないが、災害にも不幸中の幸いということもある。以下の比較は、誰も命を失わなかった場合だと思ってほしい。例えば、地震である。家が倒壊しても例えば、家の中に何かが残る。洪水や津波は全てを失ったとしても早くに避難すれば命を失う可能性は低くなる。台風も備えあれば、なんとかやり過ごせる。しかし万が一、地震で火事になれば、京都はいかにも危うい。

 とは言え、火事より大変なものがある。まず見えない。見えないのに健康を蝕み、ひどい時は命を失う。家や家財道具は残るかもしれないけれど、そこに数十年住めなくなる。しかも一般の人には薬もなければ、防ぐ手段もない。原発の事故に比べれば火事の方が「まし」かもしれないが、京都の場合は、とんでも無いことが起こってしまう。

 冒頭の引用が『方丈記』で、

吹き迷ふ風に、とかく移りゆくほどに、扇をひろげたるが如く、末廣になりぬ・・・・吹き切られたる焔、飛ぶが如くして、一・二町を越えつゝ移り行く・・・或(ある)は、煙にむせびて倒れ伏し、或は、焔にまぐれて、忽ちに死ぬ。あるは、身一つ辛くして遁れたれども、資材を取り出づるに及ばず、七珍萬寶(しっちんまんぽう)、さながら灰燼(かいじん)となりにき。その費(ついえ)いくそばくぞ。このたび、公卿の家、十六燒けたり。まして、その外は数え知るに及ばず。すべて都のうち、三分が一に及べりとぞ。男女死ぬる者、數千人、馬・牛の類、邊際(へんさい=かぎり)を知らず

とあり、冒頭の文で締める。

 そして『翁草』とは神沢杜口(かんざわとこう)の書である。神沢は江戸時代の武士で、早くに退職して、後は京都中を歩き回って全200巻もの膨大な『翁草』を表した。その中に、「天明の大火」と言うルポルタージュがある。1788年1月30日の大火で、焼けた広さは千四百町、被災した人は京都の住人の4分の3を数えた。京都が一面焼け野原だった。

 他にも17世紀以降だけでも、1657年明暦の大火、1690年12月9日千余戸が消失した大火、1708年3月8日焼失家屋一万軒の大火、1854年4月6日御所炎上、1864年7月19日禁門の変による大火などなど京都は何度も焼け野原になっている。
 
 現在はそういうことはあり得ない。火災報知機の設置が義務付けられ、近代的な消防自動車も多数待機しているというが・・・
 
 消防車が入れない路地が多数あり、民家は壁を接して密集している。グーグルアースで市内の状況を見れば、ぞっとする。『平成の方丈記』も『平成の翁草』も書かなくていいようにしたいものだが。

【文:miya】

※原発関連はブログ『伊吹龍彦が吠える』をご覧あれ。

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