激変する世界に向けて1200年生き延びてきたKYOTOから生き延びる智慧とヒントを発信

前回(001)からの続き~
 
 この頃、陸路で神戸に向かうと、大阪から自動車で12時間かかるといわれていた。歩いているに等しい速度だった。それでは仕事にならないということで、なんと漁船をチャーターし、大阪港から三宮へ移動した。ふきさらしの甲板で、恐ろしく寒い風と波しぶきを受けながら、子一時間船に揺られる。

 そして目の前に見えてきた神戸の町並み。都会とは思えない静けさに包まれていた。船上で、身体の芯まで冷え切ったが、神戸の町は同じくらい寒く感じられた。これから4泊5日でこの町に泊り込み、震災後の神戸の様子を1クルーとして報道する。

 迎えに来ていた取材車で三宮の大手広告代理店に向かう。港からそこまで、10数分。廃墟と化した三宮を目の当たりにする。全壊したビルがそこらじゅうにある。跡形もなく崩壊したものや、中ほどの階層がぺしゃんこになったもの、大きく傾いて隣の建物に寄りかかっているもの、様々だ。所々、ショベルカーなどの重機が入っているので、頭の中は大規模工事と錯覚してしまう。

 目を見張るだけで言葉が出てこない。廃墟の中は、静寂に包まれ凍てついていた。広告代理店の建物は、若干被害を受けているものの電気も付いていて機能していた。そこで手短に、5日間のスケジュールが発表された。しかし当然、このあとにどんどん変更されることになる。大した状況説明や目的などはなく、早速取材先の地元の小学校へ向かわされる。

 冬の日は短く、もう夕方になり薄暗くなりかけている。山の手の小さな小学校は、地域住民の避難場所になっていた。グランドの周囲にいくつものテントが張られ、中ほどに直に焚き火している。校舎に沿って炊き出し用の機材が並んでボランティアの方や、自衛隊の隊員が夕飯を作っていた。静かだった。取材のために、被災者に話を聞かなければいけないが、気軽に聞ける雰囲気はない。みんな疲れきった表情で寡黙だった。
 
 そのうち、炊き出しの配給がはじまり、被災者が並び始める。淡々と進む中、並んでいるもの同士些細なことからいさかいが起こる。胸倉をつかみ合ってのけんかになる。誰も相手にしない中、焚き火の番をしていた少年が声をかけて仲裁をする。「おっちゃん、こっちへきて暖まっていきいや」。少年は何度も繰り返し、終いに二人の男は罰悪そうにどこかへ姿を隠す。
「みんな必死なんや」心でそうつぶやく。
少年は、火のそばをを離れることなく、廃材をくべ続けている。そういえば親の姿は見ていない。配給が終わり、すっかり日が暮れる。

 仕事としては、ニュースの生中継で数分間現状を伝えて終了。撤収して宿舎に戻る。宿舎は、港に横付けしているサルベージ船。岸壁は折れ曲がり、慎重に進まないと船までたどり着けないありさま。真っ暗な岸壁を慎重に歩きながら、数日間の宿に入る。驚くことに、船内にはない不自由ない生活必需品が揃っていた。

【文:kubo】

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