激変する世界に向けて1200年生き延びてきたKYOTOから生き延びる智慧とヒントを発信

1200年生き延びてきたKYOTOから、激変する世界を生き延びる智恵とヒントを世界に向けて発信するために、新しい時代の新しいメディアとしてこのサイトを企画する。

大まかな理由は下記に箇条書きしたようなことだが、世界に誇るKYOTOから世界への情報発信である。

観光客に重点を置くのではなく、あくまで生き方からKYOTOとかかわりたい人を対象にする。

5000万人の観光客を変えたい

教科書や絵葉書で見た歴史的建造物を実際に見る感激、それはそれで感動ではある。しかも、そのような傾向はIT時代、バーチャル時代にますます高まるに違いない。しかし、自分で実際に見る楽しみは、それ以上の何を生み出すと言うのか?実際に金閣寺を見、嵐山の渡月橋を渡る、そういう実体験を誰かに話す、片っ端から撮ったデジカメの映像を見て楽しむ・・・それ以上の京都訪問の目的はないのだろうか。いや京都が5000万人という日本の人口の半分近い数の人間に与えられるものは、その程度のものだけなのだろうか?

1200年の歴史と伝統のKYOTO、それは観光キャンペーンの言い古されたフレーズではあるが、伊達や酔狂で世界でも稀有な1200年も都であり文化の中心であったわけではない。1200年が創り育んだ文化所産は膨大なものであり、しかも過去の遺産だけでなく未来の可能性をたっぷりと孕んでいる。また100万都市のどまんなかを流れる川で鮎が釣れ、猿はもとよりアナグマ、鹿、タヌキなどの野生動物や野鳥の楽園でもある不思議な人工都市。一方で鞍馬山や太秦の不思議から明治時代に建造された平安神宮の大鳥居でさえレイラインに乗っかっている不思議までのスピリチュアルタウンであり、一方で世界の最先端企業の町でもある。

いうまでもなく平安京は 「青龍」「白虎」「朱雀」「玄武」の存在に相応しいとされる地形があって、その4神の御加護で繁栄したと言う。そして、それぞれの神は、青龍が仕事運、白虎が金運、朱雀が健康運、玄武が家庭運をもたらすという。混迷の時代、KYOTOへの旅は、種々の困難を乗り越えて、新しい生き方と“ものづくり”の知恵やヒントを得るためのものになるに違いない。またそうしなければKYOTOが1200年生き延びてきた意味がない。

そして、あなたが通い慣れたKYOTOに近づいて、東から鴨川、西から桂川を渡り、KYOTOのランドマーク京都タワーを見る。一度ほっとして駅に降り立つ。「さぁ・・・」そうあなたならではの期待に胸を膨らませる時、気付けば、肌がやんわりとKYOTOに抱かれている癒しを感じるに違いない。

日本人にKYOTOが懐かしいのは、人間に染み付いている日本文化のDNAが共鳴するからであり、外国人がKYOTO愛するのは、KYOTOに地球人の未来の生き方のヒントを嗅ぎ付けているからに違いない。

[文:miya]

あぁ、なんともはや・・・もったいない

幕末の夏、京都の言葉に発する「ええじゃないか」運動が勃発した。その原因や目的など種々の説があるが、現在と同様、民衆の不満の爆発であったことは間違いありません。

今、同じような閉塞状態にあって、ただ愉快に踊り狂うだけの、あるいは犯罪的な行動の引き金となるような「ええじゃないか」ではなく、文化的な動きとなるようなきっかけを作れないか、そう考えます。

ちょっと気取れば、生きることと暮らすことのパラダイムを変えるような契機になりえないか、そう思います。

それは年間5000万を超える人々が訪れる京都、1200年の文化情報の蓄積のある京都、日本文化の発祥の地と言われその文化的創造物の溢れる京都、650万年前にサナートクメラが金星からの降臨以来、京都造営時の青龍・白虎・朱雀・玄武の四神を拝するまでも無く磁場に恵まれた京都、厳しいほどの四季の移ろいと自然美の集積地京都、華やかに壮大な祭りからひっそりと心を濡らす秘められた祭りまで、人の非日常の営みが365日連鎖する京都、言葉の柔らかさ、継承される伝統的な暮らし、四季折々の風物詩、健康に配慮しながら芸術の域に達した京料理・・・数え上げれば無数にある「京都」、まさに一言に言えないから「京都」であり、それは無限大に広がる京都の意味です。

その無限大の価値を秘めた京都、それをただ普通の旅人として通り過ぎるのは、あまりにももったいないと思います。
心の癒しや安らぎの場があるというのに、ストレス一杯の現代人が京都を味わえないのはもったいないではないですか・・・

京都の神髄に触れずして、日本を語るのはもったいないことです。

京都を訪れて、自分の暮らしの場に帰ってからの暮らし方生き方が変わらないのはもったいないだけでは済まされないのかもしれません。

[文:miya]