激変する世界に向けて1200年生き延びてきたKYOTOから生き延びる智慧とヒントを発信

 
●近衛邸の糸桜が仙台から里帰り

 人の賞揚を一身に浴びる平安神宮の八重紅枝垂桜の礎を作ったのは、遠く、みちのくの人であり、桜であった。
平安神宮は遷都千百年を記念して、京都市民の氏神として明治二十八年(1895)に新たに創建された。神苑の整備に際して
枝垂桜の寄贈を申し出たのが初代仙台市長の遠藤庸治(ようじ)であった。
 『平安神宮百年史』は明治二十八年の頃に、「二月四日 仙台市長遠藤庸治より、桜十五本の寄付が申しだされる」と誌し、
「三月二十八日 仙台市長遠藤庸治より、桜苗が到着する」と記載する。
 
 仙台の地に咲いていた枝垂桜を接木培養して育てられた桜の苗木が平安神宮の南神苑の東側に植栽された。そしてその桜は仙台のゆかりとして「陸奥(むつ)桜」、あるいは「遠藤桜」、「里帰り桜」と呼ばれたのである。藩祖伊達政宗は二十代から三十代にかけて十年に及ぶ京都滞在だった。秀吉が築いた伏見城下に藩邸を構えた。京に慶長元年(1569)大地震があって伏見城が倒壊した際にはその修築の課役を担った。桃山期の気風を目の当たりにした若き政宗はその文化のありようを奥州の地に移植しようと仙台の城下建設に邁進した。

京都にあった政宗が京の桜に惹かれて一枝を持ち帰ったと考えたくもなるのも故なしとしない。秀吉による朝鮮出兵の折に入手した一本の梅を菩提寺とした瑞巌寺に移植し「臥龍の梅」と名付けた一事を考えあわせるからである。

●近衛邸の糸桜

 枝垂桜と言えば、福島県三春町の目くるめくように咲き匂う「滝桜」がつとに知られているが、仙台に移植された桜は、京都御所の今出川御門の西にあった近衛家の邸内にあった糸桜であった。その糸桜は既に慶長二年には「春の雨に糸くりかけて庭の面(おも)はみだれあひたる花の色かな」と賞せられ、幕末、孝明天皇は近衛邸に行幸し、「昔より名には聞けども今日見ればむべ目離(めか)せれぬ糸桜かな」と歌を寄せている。しかし,その糸桜は昭和初期までにすべて枯死している。現在、邸跡には池が残っており、辺りには十本ほどの昭和十年と戦後に植えられた枝垂桜が咲いている。
 元禄期の仙台藩四代藩主伊達綱村(1659〜1719)は亡母の菩提を弔うため釈迦堂を建て京都から桜の苗千本を取り寄せて植栽した。現在は榴岡(つつじがおか)公園となって枝垂桜を中心に咲き誇っている。「仙台枝垂桜」と呼ばれる白色や薄紅の一重咲きの桜が北国の春を彩る。その桜祭りは被災によって規模を縮小して催された。今年はどうだろう。
 遠藤庸治が平安神宮に献納した八重紅枝垂桜は、京都御所から仙台市に隣接して松島湾を望む塩釜市にある塩竈(しおがま)神社に下賜されたものと伝えられている。

 いずれにせよ、中世以来、洛中の春を華やかに彩っていた糸桜が縁あって遠くみちのくに運ばれ、北の風土の中で、農耕を予祝する花として、また遊楽のよすがとして人々の哀歓を映し、時を経、やがて京へ里帰りして,妖艶な美しさでたたずむ人々を魅了してやまない。その糸桜をみちのくとの”絆木”と呼ぶ人もいる。地獄絵図のような惨状のさ中の東北の、根こそぎ倒された木々を、魂鎮め、魂送りの盂蘭盆会の送り火に、その木を燃やそうとした時、放射能を恐れた京都の人々はその気持ちを捨てた。
河北新報はあの日の未曾有の悲惨時を「東日本地震大津波福島原発大災害」として報じた。
 同紙は、中央紙とは明確に一線を画し、東北に根ざし、立脚したいぶし銀のような報道を続けてきた。
その紙名はかつて明治新政府が「白一山百文」と嘲ったことによる。白河はかつて「都をば霞とともに立ちしかど秋風ど吹くしらかはの関」と歌われた、みちのくと以西を隔てる関所が設けられた地である。同紙は、謂(いわ)れなく侮られ、辱めを受けた東北みちのくを、文化の沃野とすべく、人の心のやさしさと豊かさを育むことをその志しとして産声を挙げた。苛酷な状況にありながら、東北の人々が示した心のたたずまいは、故のない蔑視、辱めを雪(そそ)ぐ、おのずからなる人としての尊厳を示してあまりある。
 その時、桜は雪月花をいざなってはいない。自然を畏怖し、一体となり、苛烈な現実にもうちひしがれることなく、恨むことなく生きる人々にとって、鎮魂の供花に他ならない。

近衛邸跡の糸桜

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[文・写真:菊池昌治]

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